魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えるべきだ。

この前街中を歩いていると、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の支援募集に出くわした。

前々から気になってはいたので、声をかけてみることに。

気さくなお兄さんが応対してくれたので、いろいろ話をした。

 

彼は元々自衛隊に入っていたが、脱隊して去年からこの活動支援を行っているらしい。

自分と同い年の人らしく、素直に尊敬。

こんなに活動している人が同い年にいるなんて、と思った。

自分にできることは、せめて金銭援助くらいだと思い、その場で支援を決定した。

 

ただ、1つ思うことがある。

その援助・支援は本当に効果があるのだろうか、と。

 

もちろん、水道が通ったとか、学校が建てられたみたいなスポットでの成功事例はよく聞くけれども。

支援した国そのものが大きく発展したなんて話はあまり聞かない。

 

外国からの援助金なんて莫大な額あるはずなのに、それが正しく生かされてないのではないか。

逆に、経済援助を繰り返すことで、かえってその国が外国に経済的に依存してしまうのではないかとも思う。

 

本当に経済支援とか物資提供だけでいいのだろうか?

もっと根本的な、社会変革が必要なのでは?

 

そんなことを思っていると、こんな記事に巡り合った。

どうやら、 途上国に先進国が援助を続けるせいで、いつまでも先進国に依存し続ける現状から途上国が抜け出せないという、まさしく先ほど自分が思っていた問題が取り上げられていた。

 

これは、「いまだに植民地支配は終わっていない」と現状を表現していることからも明らか。

もはや傀儡国家と化しているのだろう。

「金を出すから口も出させろ」と。

 

資源に対する利権も、ほとんど先進国に取られてしまう。

これじゃあ、何も変わらない。

 

 

では、どうすればよいのか。

ここで、タイトルの言葉の登場である。

 

魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えるべきだ。

 

いくら金をあげても。

設備を整えてやっても。

 

そのあと自力でその環境を作り出す術が彼らにないと、次の世代はまた同じことの繰り返しになる。

彼らに必要なのは、カネでもモノでもない。

教育だ。カネやモノを作り出す知恵だ。

 

もちろん、知恵さえあればいいというものでもない。

環境要因というのも、重要な発展要素だ。

だが、知恵がないのに金だけ与えても、それを活用することができない。

 

先の記事でも、外部の人間は途上国の自立支援を行うべき、と語っている。

カネやモノをあげるだけの支援は支援する側の利益や自己満が発生するだけで、本当に彼らのためにはなってない。

 

途上国は、自国民に教育をする人すらまともにいないことも多い。

折角知恵を武器にここまで発展してきた人類なのだから、彼らに授けるべきはその豊かな知恵こそなのではないか。

 

そう考えたら、お金だけ寄付して何かした気になっていた自分が恥ずかしくなった。