言葉の力ってすごくて。
自分が発してる言葉が
その人の人格を作るのだとか。
同時に、周りの人も
その人の発する言葉に影響されて、
パフォーマンスが上下したり
精神的に成長/退化したりする。
特に、普段よく使う言葉とか、
口癖なんかは影響が大きい。
単純に聞く機会が多いからね。
だからこそ、最も使い時を
気を付けなければいけない
言葉の類でもある。
そんな言葉の1つ。
「すみません」。
日本人が最もよく使うフレーズの
1つといっていい言葉。
謝罪するときや感謝するとき、
誰かにものを尋ねるときにも
使う万能フレーズ。
「日本人の謙虚さが表れている言葉」
みたいな言われ方もされるくらい、
日本人の文化として根付いている。
・・・ような気がする。
んでもさ、なんか引っ掛かるというか。
あんまりいい気持ちがしないというか。
何でもかんでも「すみません」は
ちょっと違うような気がする。
謝罪のときやものを尋ねるときは
まだいいと思う。
特にものを尋ねるときなんて、
他になんて言ったらいいのか
よくわからないし。
「あの~」とかは場合によっては
使いずらいし、今時「もし」なんて
言ってものを尋ねる人なんていない。
でも、感謝を述べるときくらい
「ありがとう」じゃいけないの?と
思うことはや三年。
三年かどうかは知らないけど。
個人的に「すみません」が
謝罪の言葉っていう印象が強くて、
感謝してるはずなのに謝ってる
変な状況だと思っちゃう。
謙虚さとか言われても、
感謝を述べるときの謙虚さは
逆に相手に失礼じゃない?
とか思うし、違うと思う。
てか、言われる方もさ、
「すみません」と言われるよりも
「ありがとう」と言われた方が
嬉しいと思うんだけど。
「ありがとう」という言葉自体、
そもそも日常で言う機会が
そんなにないものだし、
言えるときに言っとくものだよ。
少なくとも自分は
「ありがとう」と言われた方が
嬉しいし、自分も何かしてもらったら
「すみません」ではなく「ありがとう」
って言うようにしてる。
個人差とか言われたらそれまでだけどね。
「すみません」の方が
好きだという人は
そうすればいいと思うし。
でも、何も考えずに普段使ってる人は
一度その言葉の意味とか
言葉が持つ力ってのを考えると
面白い発見があるかもしれないという話。
ところで、「感謝」という熟語にも
”謝”の文字が含まれているし、
「すみません」を感謝するときに
使っても何の違和感もないのでは?
とか思ったことについては
聞かなかったことにしといてください。